「人間、この非人間的なもの」
「人間、この非人間的なもの」
8月3日、安倍晋三(乙女座)内閣は内閣改造を行い、「改憲」より「経済」重視の方向へと舵を切りました。
第三次改造内閣の名前は「仕事人内閣」だそうです。
加計学園問題が解決したわけではなく、その他の疑惑が解けたわけではなく・・・。トランプの札の並び方を変えただけにしか見えませんけど。
どうにもスッキリしない。その上、このジメジメした天気。
ふと、本棚に目をやると、
大昔読んだけれど、捨てていなかった本が目につきました。
「人間、この非人間的なもの」(ちくま文庫)なだいなだ(1929年6月8日生まれ・双子座-2013年に他界されました。)
あー、昔むかし、なだいなだ氏の本が面白くて、よく読んだわ。
双子座は現在、大吉星・木星がラッキー角度形勢しているので、10月10日まで良い波にのっています。
「そうだ、双子座のなだいなだから学ぼう」
なんだかわからない不安、不満、モヤモヤが心の中に広がっているけれど、
もしかしたら、この本が解消してくれるかもしれない。
「文明は、人間を以前よりも、余計に残酷にしたとは言えぬにしても、昔よりも。下劣に残酷にした」
ドストイエフスキーの言葉が書いてありました。
なだいなだ氏は「百年たった今にも、あてはまりそうな気がすることです」と書いています。
ほんと・・その通り。
いじめも後を絶たないし、子殺しもあるし、テロだってあるし、戦争だってある。
なだいなだ氏は「残虐性は非人間的なものにあらず」ということをまず強調したくて、この本を書いたそうです。
考えてみると、いじめをする子どもだって、普通に暮らしている平凡な子どもかもしれない。
豊田真由子議員(天秤座)も家庭内では、普通のイイ人だったようですし。
テロでたまたま人を殺してしまった人だって、その数時間前には和やかに人と会話して、人を笑わせていたかもしれない。
人は誰だって、何かのきっかけで残虐になる可能性を秘めています。
なだいなだ、という名前はnadir(スペイン語で何にもないという意味)なので、
フルネームで「なんもなくて、なにもない」という意味だそうです。
精神科医でもあり、作家でもあり、評論家でもあり、
双子座の「書く」「喋る」「考える」「教える」「伝える」など、コミュニケーション能力十分に生かした人生を送られた方です。
石坂浩二(双子座)も俳優、作家、
又吉直樹(双子座)もお笑いタレント、作家、
もし、双子座に生まれていたら、一つの仕事ではもったいない、
一つの道では自分の才能を生かし切れませんよ。
双子座に生まれていたら、二つの道を歩いてください。
それは運命であり、成功への道でしょう。
(双子座=5月21日頃から6月21日頃の生まれ。年と時間により星座の境目は変化する)
「私は二元論で満足するわけでなく、認識をより多元的なものへと進めていきたいのです。いいかえれば、移り続ける視点、決して固定しない視点からの人間へのアプローチを続けたいのです。」
なだいなだ氏の立ち位置ですが、実に双子座らしい立ち位置です。
教師であったり、新聞記者であったり、社内の広報であったり、ママ友仲間の井戸端会議のヒロインであったり、何かを人に伝える役目のある人たちは、基本、この立ち位置で人間、社会へのアプローチを続けていくのがベストなのではないかと思います。
もちろん、星のメッセンジャーもです。
最近、「国家とは何?」と考えることはしばしば。
あまりにも政治家たちがいい加減なことばかりしているので、
悩ましくなっていました。
皆さんの中にもそういう方は多いのではありませんか?
ちょっとPTAの役員決めるみたいな軽い感覚で選挙に出て当選してしまう人もいて、
そりゃあ、いい加減にもなるわよね。
議員になったとたん、その特権をフル活用して生活レベルを上げて、
美味しい生活を失いたくないために、選挙民に頭下げて、
日本の国の将来のことより、次の選挙で自分が当選できるかどうか、
そのためには〇〇と組んだり、◇◇の会合に出て、票を取り付けたり、
そんなことがメインの生活になっている?としか思えないような報道が続く。
力ない国民として、なんともいえない、無力感にとらわれてしまいます。
そういう議員の先生方が、国家というものを運営し、
私たちはその人たちの前では無力、蹴られて飛ばされる、小石の一つでしかない。
おかしいことがたくさんあるのに、「おかしい」と言っても相手にされず・・・・。
なだいなだ氏は言っています。
「人間が国家というものを生ませたのです。人間が、国家という、結果として自分を縛りつけるものを作りあげたのです。その底には、人間の孤独に対する恐怖があります。それが集団に対する帰属性を生ませるのです。」
うーん、そうなんだ。
「孤独」「帰属性」
人間は基本寂しい、孤独だから、何かに寄り添っていたい。
その帰属性が国家を生み、その帰属性が政党、会社、すべての集団を生んでいる。
(その他の現実的な理由も当然ありますけれど)
人間は寂しいから、何かに所属していたい、寄らば大樹、そのほうが安心していられる。
だから国家を作った。
そしてその中に入ると、とても安心だけれど、不自由になる。そして言いたいことも言えなくなる。そして人が人としての良さを失ってしまう。
それでも人は自由よりも何かに所属している安心することを希望する?
「組織に属してしまうと人は個人の特性を失ってしまい、残酷の始まりがあります」
「人間が二人集まり、力は倍になります。しかし、責任は半分になったと感じるのです。組織の中では個人は消え、役割だけが残るのでした。」
「組織に属することは、個人が自由な想像力を失ってしまう、抑制の力を失ってしまうことになると考える。個人の想像力の貧困化が、不吉な意味を持つ。」
だから、文部科学省、財務省、内閣府など組織に属してしまうと、
人は平気で嘘がつけるようになり、その嘘の罪の意識も、組織の人数分の1に激減してしまう。
財務省は70,000人くらい?罪も70,000分の1に縮小です。
「お国のため」と言って人を殺した人と似たような精神状態で、
「国家のため」と言って、平気で嘘をつく。記憶もなくしてしまう。個人攻撃、不公平な態度、イジメも平気でできるようになる。
それは組織に属した人たちにとってみると、「悪」ではなく、「当たりまえ」のことなのかもしれない。
財務省の佐川宣寿理財局長(1957年生まれ)が、森友学園の国有地払い下げについて、
「資料は廃棄しました」
「知りません」
などと国民に対して嘘をついても、
組織の中では「佐川、偉いぞ」「よくやった」になるのですから、
7月の人事で国税庁長官へと出世することになりました。
佐川国税庁長官は東大の経済学部ご出身です。
すでに10代から、組織と同化しているのですから、
そりゃあ「資料廃棄しました」と言ったって、眠れなくなったり、心が痛くなることは全くないでしょう。
むしろ、組織のために頑張った自分を褒めてあげたいくらいかもしれません。
東大生はなぜ自民党を支持するのか?などという記事がアチコチで出ていますが、
当然でしょう。東大出たら、多くの人たちは官僚になるのですから。
すでに組織に属する心構えができているのです。すでに個を捨て、組織と一体化する覚悟ができているのです。
佐川国税庁長官のテレビに映し出される姿を見れば、とてもよくわかりますね。
組織というものは恐ろしい!!
「そんなこと会社勤めしている人なら誰でも知ってるよ、
会社員になったら、言いたいことも言えないんだよ。
ママはそんにこともわからないのか!!」
と娘に言われてしまい、あらら・・・へこむ。
凹む、へこむ・・・・・ (>_<)
ということで、なんだか、より空しくなったような気もするのですが、
国家が組織である以上、その体質は変わらず、いくら嘆いても、いくら怒っても、
そこに生活のかかっている個を捨てた人たちが集まる限り、
日本という国は変わりようがない。
ということでハッキリしたような気も致します。
誰がやっても組織である以上同じことが繰り返されるのかもしれない。
あー・・・・。
で・・・・どうしよう・・・。