高輪会100回公演、最終回

2026年06月04日(木)9:44 AM

高輪会100回公演、最終回

 

平成元年11月11日にスタートした高輪会(オペラの殿堂)も6月3日、

電車も止まる嵐の中、最終回を迎えました。

 

なんと37年間、100回もの公演をこなしてきました。

プロ集団でも37年もの間、続けてきたというのは滅多にないことでしょう。

森繁久彌さん(牡牛座)の「屋根の上のヴィオリン弾き」も19年間です。

素人である主催者が37年間も毎年3回から2回、

コロナのときも仕事がなくて困っているオペラ歌手を集めて公演を行ったのですから

それはそれは見事な仕事ぶりであり、プロ顔負けの主催者です。

 

高輪会はディナーショーのような形式で行われます。

まずお食事があり、次に一部に「カルメン」「トゥーランドット」「椿姫」などの

演目が宇垣夫人の語りと一流のオペラ歌手の歌により繰り広げられます。

宇垣夫人の語りがあるので初めてオペラを聴く人もあらすじがよくわかるので

楽しくは拝聴することができます。

そして第二部はアラカルトとなり、出演した歌手の方たちがそれぞれに

持ち歌を披露してくれます。

 

「トゥーランドット」

トゥーランドット 山口安紀子

カラフ      加藤 康之

ティムール    小田桐貴樹

リュー      渡辺早貴子

ピアノ      藤原藍子

 

レストランの同じ高さでのステージでもあり、

お客様は「上からテナーの声が降ってきて、もう、その迫力に圧倒されました」

「ソプラノの響きが体全体に染みわたり、こんなに近くでこんなに凄い生の声を聴いたのは初めての体験で震えがきました」

など、目の前、50センチ、1メートルで生の声が響く会は

滅多にないでしょう。

 

発起人は宇垣淑子夫人(蠍座)今年で93歳になる魅力的な女性です。

それをサポートして林完さん(山羊座)同じ年が宇垣夫人の語る原稿を書き、

プログラムとチケットを刷り、そして宇垣夫人の年下のホーイフレンド達、

憧れている女性たちが高輪会を長年サポート、受付嬢となったり、

照明係、席順などの手伝ってやってきました。

 

 

特に後年宇垣夫人が足を悪くして、脳梗塞で動くことがとても困難になったときは

年下のボーイトレンド(蠍座)が仕事も休み、彼女の車いすを押して家から練習場まで

暑い中も寒い木枯らし吹く中も無償で手助けをしてきたことには

頭が下がる思いでした。

その彼はお母様も寝たきり、亡くなったお兄様も足が悪くて車いすを押していたというので「車椅子は任せてください」と、本当に純粋な気持ちで宇垣夫人を助けていました。

 

プレイガイドでチケットが売られているわけではない、宣伝もしていない、

しかし、100回続けるにはそれなりに回りにお客様がいないと成り立ちません。

宇垣夫人は37年間、たった一人でチケットを売り続けてきました。

昔は三越の特選売り場の販売トップの成績だったというのですから

それはそれは売ることに関しては才能あふれる人だったのでしょう。

 

宇垣夫人は、91歳となった昨年まで、ただの一度も歌のレッスンを休むことがありませんでした。 最初はコーラスから始まった歌の道。しかしその才能は年を重ねるほどに輝きを増し、やがてプロのオペラ歌手から個人レッスンを受けるほどの実力を身につけられました。

幼い頃から歌を愛し、その声量はオペラ歌手にも引けを取らないほど。 おはこはプッチーニ《トスカ》の名アリア「歌に生き、恋に生き」。 その曲名の通り、歌に生き、恋に生きた人生を体現された方でした。

そして宇垣夫人には、

  • 人を惹きつける売る才能
  • 音楽を深く愛し、理解する才能

この二つが見事に備わっていました。 その稀有な力こそが、高輪会を100回続けてこられた源泉だったのかもしれません。

オペラを本質から理解し、舞台の完成度を見極める耳を持つ人でなければ、心から納得できるステージは作れません。 宇垣夫人はまさに、その力を持つ人でした。

 高輪会を誰かに継いでもらうのは不可能でした。

何故なら宇垣夫人のような方はどこにも見当たらなかったから。

 

宇垣夫人と最後のご挨拶にいらしてくださいましたバスバリトンの泉良平氏(蠍座)

 

一代で幕を閉じる高輪会ですが、多くの人たちの心にその思い出は美しく残ることでしょう。

 

高輪会37年間、有難うございました。

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